よくある事例で、こういうのがあります。
他の相続人が、亡くなった父の銀行から、勝手にお金を引き出してしまったんです…
それは葬儀費用として?生活費として?はたまた遊興費としてでしょうか?
使途はわかりませんが、とにかく知らないうちに銀行のお金を使い込んでしまったというケース。
こんな時って、どうしたらいいんでしょうか。
ありそうな話ですねぇ。
実際、よく相談
される内容です。
皆さんには馴染みないかもしれませんが、実は、法律が改正されたり判例が明文化されたりして、
民法の内容は少しずつ変わってきているんですよ。
事例のような遺産分割前の『預貯金の引き出し』についての対応も変わりました。
今回は預貯金について特にお話ししようと思います。
従来の対応はこうでした
①預貯金と現金の扱いについて
まずは、銀行のお金やなんかと、現金についてです。
- 預貯金は相続開始と同時に当然に分割
- 現金は遺産分割の対象
遺言がない場合、預貯金は相続が始まると同時に、各相続人に分割されます。
反対に、現金については遺産分割協議で話し合うということになります。
同じお金ではないのですか?
たんす預金も銀行預金も
私的には同義なんですが。
そう思いますよね。でも
今まで預貯金と現金は
違うものとして扱われて
いました。
事例でいうところの『銀行口座からの引き出し』も、
法定相続分の範囲内ならば問題なくて、銀行のほうもそのように対応していました。
②遺産分割前の財産の処分について
つぎに、遺産の分け方を決める前に、誰かが相続財産を使ってしまった場合などについてです。
民法906条の2
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
なんだか難しいですね。
民法には、『相続人全員の同意』が必要と書かれています。
これがどういうことかというと・・・
相続財産があるとしますね。
探してみたけど、遺言はありませんでした。
そこで、『みんなで相談して、どうわけるか決めよう!』ということになりました。
ところがその話し合いをする前に、ある相続人が勝手に使ってしまった。
この場合、相続人全員がOKを出せば、
この使い込まれてしまった相続財産も、話し合いのときに『存在する』ということにして、
『ある』という前提で遺産分割の話し合いができるということです。
なるほどなるほど。
・・・ん?
全員・・・とな?
そう、『相続人全員』という
ことなので、事例でいうところの
銀行のお金を使い込んでしまった
相続人も含めた、全員の同意が必要
ということなんです。
その人、話
聞いてくれますかねぇ?
①で説明したように、今までは、
被相続人の銀行口座のお金の引き出しについては、相続人のうちの1人が行っても問題がありませんでした。
しかし、その場合でも、自分の持ち分以上に引き出したとき(使い込み)は問題です。
そういうことが起こる前に、銀行が注意してくれれば良いのに…と思うかもしれませんが、
『被相続人が死亡した』という事実を教えてもらわなければ、
銀行としても『凍結』等の対応をすることができません。
(これは今でも同じです。相続人が銀行に申し出ることで『口座の凍結』が行われます。)
結局、誰も知らない間に、本来遺産として皆で分け合うはずの銀行のお金が使い込まれてしまうことになり、
そんなことになったら、使い込みをした人以外の相続人は、不満に思いますよね。
なので、民法906条に基づいてこの相続人に同意してもらって、
そのお金が遺産の中に入っているということにして、話し合いをしたい。
けれども、その人が同意してくれなかった場合、このお金について家庭裁判所で訴訟をすることになってしまいます。
さらに、ここまで揉めているなら遺産分割協議も整わないだろうから、これまた家庭裁判所に遺産分割の請求をすることになります。
このように、従来の法律では、最悪の場合2つも訴訟を起こさなければならなかったのです。
弁護士費用もかかるうえに、絶対にお金が取り戻せる保証もありません。
残りの相続人の負担が
大きかったんですね。
最近の対応はこうなっています
①’ 預貯金と現金の扱いについて
預貯金も、現金も、遺産分割の対象。(判H28.12.19)
それまでは、『預貯金は遺産分割の対象にならない』ということだったのですが、
平成28年の判例を受けて『預貯金も遺産分割の対象になる』ということになりました。
つまり、相続開始と同時に各相続人に分割されていた預貯金が、遺産分割協議という同じ交渉のテーブルに持ってこられるようになったということです。
例えば、このように・・・
お父さんが亡くなりましたが、遺言がなかったので、
『遺産はみんなで相談して分けよう!』ということになりました。
遺産は、不動産と銀行のお金のみで、どちらも同じくらいの価値があるとわかりました。
今までのやり方だと、相続が始まったのと同時に、銀行のお金は各相続人にすでに分割されてしまっているので、
遺産分割協議では、『話し合うのは残りの不動産だけだね?じゃあ長男と次男で共有名義にして・・・』みたいな話し合いをしなければなりませんでした。
これって変ですよね?
だって同じくらいの価値ならば、不動産を長男に、銀行のお金を次男にというふうに分けた方がスッキリするじゃないですか。
『預貯金も遺産分割の対象となった』ということは、『不動産は長男に、銀行のお金は次男に』のような調整ができるようになったということです。
ところで、預貯金が遺産分割の対象になったことで、これを受けて銀行の対応も変わりました。
それまでは、相続人の1人が単独で銀行に来て、口座からお金を引き出そうとしても、(法定相続分の範囲内ならば)問題なく手続きできていたのですが、
遺産分割するまでは誰にそのお金が行くかわからなくなったので、『相続人全員の実印が必要』など、簡単に引き出しができなくなっています。
しかし、こうなると困る人が出てきます。
本当にそのお金が必要な人、例えば、被相続人と生活を共にしていた配偶者で、そのお金を今後の生活費として当てにしている人などです。
そういう人のために、新たな制度が生まれました。
どんな制度なんですか?
葬儀費用や生活費のために、
被相続人の銀行口座から
一定額を引き出せる制度です。
これについては、
またの機会にお話し
しようと思います。
②’ 遺産分割前の財産の処分について
民法906条の2
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。(第1項)
前項の規定にかかわらず、共同相続人の1人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。(第2項)
文が付け加えられて
いますね!
つまり、全員の同意が基本的には必要だけれども、
勝手に遺産分割前の遺産を使い込んだ相続人については、
この人の同意がなくてもこの遺産を遺産分割の対象としてみなしていいよ、ということになりました。
わざわざ訴訟を起こして、使い込まれたお金をどうにかしようとしなくても、
遺産分割の話し合いで調整できるようになったのです。
この相続人が遺産分割協議に応じてくれればいいですが、
残念ながら応じてくれないときは、家庭裁判所に遺産分割の請求をし、
その中でこのお金について解決を図ることになるでしょう。
しかし、今まで2つ訴訟を起こさなければならなかったケースが、1つで済むというのは大きなメリットとなります。
ちなみに、必ずしも1つの訴訟しかできないということではなく、訴訟をしても良いです。
選択肢が広がった
ということですね。
まとめ
相続人による、被相続人の銀行の預貯金の使い込みについての対応が、最近変わったことがわかりました。
それは、預貯金が現金と同じように、遺産分割の対象として扱われるようになったということです。
また、遺産を分ける前に勝手に使い込みをしてしまった人については、
この人の同意がなくても、この遺産を遺産分割するときに『存在する』ということにして、調整していいことになりました。
これにより、従来より遺産分割協議がスムーズに進むようになったといえます。